興津寛枝のアンガーマネジメントブログ

    アンガーマネジメント静岡教室

    アンガーマネジメント静岡教室
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    此處ココル ─徳川家康公と久能山の真実─


    2016年9月16日『余ハ此處ニ居ル 〜徳川家康公と久能山の真実〜』が、静岡商工会議所観光飲食部会「余ハ此處ニ居ル」プロジェクト推進委員会から駿府静岡市への誘客を目的にブックレットとして発行されました。

    2015年8月発行の『余ハ此處ニ居ル 〜すんぷ特別版〜』を発行者を代えて改訂したもので、9月22日から25日まで東京ビッグサイトで開催される世界最大級の旅の祭典「ツーリズムEXPOジャパン2016」で配布されました。

    内容は、2014年11月から2014年8月にかけて当社が発行した『季刊すんぷ』(創刊号〜第4号)のうち、久能山が徳川家康公の墓所であるということ、徳川家康公は1616年4月17日に薨去し久能山に埋葬されてからその遺骸が他所に改葬されたことは一度もなかったことを論証したものです。

    その後、静岡商工会議所会報『Sing』2016年3月号第1ページにて、徳川宗家第十八代ご当主で静岡商工会議所最高顧問でもあられる徳川恒孝様がこう述べておられます。

    「昨年、日本各地で開催された家康公の四百年忌の大祭は、駿府に築かれた公の墓所である久能山東照宮の大祭からスタートし、5月の日光東照宮、岡崎の大樹寺、京都の知恩院等々の盛大な式典をはじめ、家康公にご関係の深い全国の東照宮・寺社で行われ、私も出来る限り出席いたしました」(太字アドマック)
    (原文:静岡商工会議所 Sing 2016年3月号第1ページ PDF

    以上のように、久能山こそが墓であるということを明記されており、これまで巷間に信じられてきたような「日光東照宮=墓」というのは事実でないということがわかる一文です。これには、栃木県の下野新聞などがいまだに「日光が家康公の墓」と論じていることに終止符を打つという意味もあったのではないかと思われます。

    『余ハ此處ニ居ル 〜徳川家康公と久能山の真実〜』にも掲載していますが、徳川御宗家は、徳川家康公の神忌(御命日)である4月17日に毎年久能山東照宮の御例祭で司祭として久能山東照宮神廟(家康公の墓所)に墓参されています。日光の例大祭は月遅れの5月17日であり、御宗家もおいでになりますが、日光では「墓参」はされていないそうです。日光で家康公の「墓」とされている「奥宮」は、あくまでも「宮」(神霊をお祀りする場所)であって、久能山にあるような「廟」(墳墓)ではないからです。

    家康公の晩年を駿府城で側近として過ごした金地院崇伝(本光國師)の日記である『本光國師日記』によれば、家康公は亡くなる2週間前の1616年4月2日に駿府城で「遺骸は久能山に埋葬せよ」と側近たちに命じており、日光については「一周忌を過ぎて後に分祀せよ」とだけ命じています。それが家康公の遺命だったのです。

    その分祀を指揮した天海僧正が遺命に背いて遺骸を日光に運んだという事実は、いかなる文献にも確認できません。もしそんなことをすれば幕府の一大事として歴史にその騒動が残っていなければなりませんが、そんな歴史は欠片かけらも存在しないようです。

    天海僧正が日光へ運んだのは、「神柩」と呼んだ棺だけだったのです。


    此處ココル ─徳川家康公と久能山の真実─
    2016年9月16日 第1版発行
    発行者
    静岡商工会議所 観光・飲食部会
    「余ハ此處ニ居ル」プロジェクト推進委員会
    〒420-0851 静岡市葵区黒金町20−8
    電話 054-253-5113
    企画編集
    アドマック株式会社『季刊すんぷ』編集部
    編集協力
    久能山東照宮/久能山東照宮博物館
    株式会社浮月
    静岡鉄道(株)鉄道部日本平ロープウェイ営業所
    もくじ
    德川家康公御遺命原文
    特別対談 聖地久能山四百年の真実
    年表で追う遺命
    語られなかった事実
    平成二十七年 久能山東照宮 御鎮座四百年大祭
    英語解説
    参考文献(年代順)
    『阿部正信 駿國雜志 四下』明治8年写本(静岡県立中央図書館蔵)/吉見書店刊 明治42年(国立国会図書館近代デジタルライブラリー) 『續國史大系第9巻・第10巻 〜《東照宮御實紀》《台德院殿御實紀》《大猷院殿御實紀》〜』經濟雜誌社刊 明治35年(国立国会図書館近代デジタルライブラリー/J-TEXTS日本文学電子図書館)
    『敷島美観』小泉墨城著/帝国地史編纂所 明治39年(アドマック株式会社蔵)
    『本光國師日記』副島種経校訂/続群書類従完成会刊 昭和41年
    『久能山叢書 第三編』久能山東照宮刊 昭和48年
    『久能山叢書 第四編』久能山東照宮刊 昭和51年
    『骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと』鈴木尚著/東京大学出版会 昭和60年

    さらに詳しい情報はこちら:徳川家康公の墓 駿府ネット

    静岡商工会議所『此處ココル』プロジェクト

      ▶feel NIPPON様(日本商工会議所)の記事
      ▶静岡ビジネスレポート様の記事

    『季刊すんぷ』発

    徳川家康公は生前より「久能山は駿府城の本丸である」と言い、側近であった榊原照久公に久能山の守護を命じました。大御所としての居城であった駿府城よりも、駿河湾にせり出すようにそびえる久能山こそが、天下を平和に治めるために最も重要な拠点であると、家康公はそう信じていたのです。


    家康公薨去こうきょ(亡くなること)の二週間前には、側近たちを集め「自分が死んだら遺体を蹲踞そんきょさせて西に向けて立て、久能山に葬れ」と命じています。久能山の真西には、岡崎城と大樹寺、京都があり、西からの勢力がまたいつ攻めてきても、久能山の山頂から睨みをきかせていたいという遺志によるものでした。そして、日光については「一周忌を過ぎてから日光に分祀せよと」命じたのです。


    元和げんな二年四月十七日駿府城、家康公は榊原照久公の膝枕で臨終。その夜のうちに久能山の山頂近くに埋葬されました。榊原照久公は家康公の遺命に従い、生涯をかけて久能山を守り、自分の墓を久能山のふもとに自ら開いた照久寺しょうきゅうじに立て、今も久能山の家康公を見守り続けています。(照久寺は現在、宝台院別院と変わっています。)

    「徳川家康公のお墓は久能山」それが紛れもない事実だったのです。


      ▶NHKも動いた! 徳川家康公の本当の墓は久能山(駿府ネット)
      ▶静岡市まるごとパワースポット(静岡市公式観光情報サイト)

    駿府静岡市のパワースポット

    駿府(静岡市) そもそも「パワースポット」って、何を根拠に決めてるんですか?
    安倍川 安倍川は日本一の急流。しかも、右岸と左岸で地質が異なる!
    安倍峠 安倍川源流域の梅ヶ島温泉。奇跡の硫黄泉と手つかずの大自然が生命を再生する。
    久能山 徳川将軍家が隠してきた聖地。これぞ正真正銘、日本一のパワースポットだ!
    浮月楼 静岡駅直近の一等地。そこにこれだけの広さで存在していという名園。
    駿河湾 ご存じ、日本一深い海。その上にそびえるのが、日本一高い富士山。
    丸子宿 最古のレストランもある、とろろ汁の里。
    安倍七観音(駿河七観音) 法明寺・徳願寺・平澤寺・増善寺・鉄舟寺・霊山寺・建穂寺。おそらくすごい御利益が!

    伝えたい。もっと伝えたい。

    英語や中国語への翻訳、ウェブサイト作成、印刷、雑誌や書籍の企画・編集、公募の企画など、コミュニケーションデザインと自費出版のアドマック株式会社。コミュニケーションデザイナーの興津諦が力になります。

    興津おきつあきらプロフィール

    武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒。テレビCMの老舗制作会社で大手メーカーのCM制作に携わり、グラフィックデザイナーとしての仕事もこなす一方で、ヴィジュアル(視覚)だけでなくヴァーバル(言語)におけるコミュニケーションの重要性を痛感し、1989年台湾に渡って日本語教師となり、実践経験を積みながら言語学の研究家となる。「時制」や「相」より深い「請け合い / 受け止め」という言語の基本原理を発見し1994年大修館書店『月刊言語』に発表。人が自分自身の思考や感情も認識の対象としていることを世界で初めて論証する。「デッサン職人」としての画力と色彩感覚に優れたデザイン力も武器とし、最少文字数で本質を伝える、総合力のコミュニケーションデザイナー。
    著書・著作:
    『日本語入門 〜The Primer of Japanese〜』
    『パーミストリー The Cosmological Palmistry 〜人を生かす意志の話〜』
    『夢色葉歌 〜みんなが知りたかったパングラムのすべて〜』(新風舎出版賞受賞)
    『日本語の迷信、日本語の真実 〜本当の意味は主観にあった〜』
    『余ハ此處ニ居ル 〜徳川家康公と久能山の真実〜』(静岡商工会議所)
    『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(SBSラジオ台本と出演)

    価値ある情報

    静岡市のツアー会社

    駿府=静岡市にも旅行会社さんがたくさんありますが、清水港に着岸する海外からの客船のお客様と、JR東海道新幹線などで見える静岡市中心街とその周辺に滞在するお客様に、限られた時間内で駿府=静岡市の魅力を最大限楽しんでいただこうというのが株式会社ローカルトラベル・パートナーズさんです。
    ▶駿府しずおかタクシーツアー

    静岡の温泉といえば

    静岡で温泉といえば、東の伊豆、西の舘山寺、中部なら、寸又峡温泉などが人気です。東には、箱根もあります。ところがどっこいなんですよ。静岡市北部にある梅ヶ島温泉。天然硫黄泉のここのお湯は、北は北海道から、南は九州沖縄まで、知る人ぞ知る至高の秘湯として、温泉通の皆さんをとりこにしています。
    ▶静岡温泉梅ヶ島の硫黄泉

    頸椎、膝などの関節痛やぎっくり腰など

    膝の関節炎になって診療をお願いしたら、本当に一発で、ろくに触れもしないで解決してくれたというすごい先生がいます。歩けないほどのひどいぎっくり腰になった時にも、24時間で完治してしまいました。良くなるネットの千田先生、本当にすごい先生です。はるばる県外からも患者さんが見えています。
    ▶頸椎でお悩みの方

    土日も診療してくれる、あの “ドクター愛” 、増田愛一郎先生のクリニック。

    「あいクリニック」という院名はよくありますが、ここが本物。院長が愛一郎先生なんです。とにかくすばらしいのはファンが多いこと。一度行けば、皆さん必ず愛先生のファンになります。そんな愛先生「ボクは患者さんたちを愛してる」と真剣にそうおっしゃってます。さすが!
    ▶土日も診療、あいクリニック泌尿器科・皮膚科(神奈川県大和市)

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    ▶梅ヶ島温泉 泉屋旅館