受賞歴もあるコピーライターが、心動かす名文を作ってます。
インターネットの時代。これって実は、なんでも無料の時代なのかもしれません。
「ホームページ見たんですけど。」といってお問い合せをいただくことがよくあります。お問い合せは無料です。なんでもご相談に乗っちゃいます。でもその先には、「料金」というものがございます。でもなかなか、まあ、いくらこっちが安いつもりでも無料様にはかないませんから、何千円とか、一万円とかっていう料金を聞いたとたんに、退散される方もおられます。
でもすみません。無料、ではないんです。ちょっとだけ料金をちょうだいします。
コピーライター・コピー文案・広告コピー・テレビCM案・ラジオCM・キャッチフレーズ・キャッチコピー・広告文・名文・社是・社訓・作詞・替え歌・案内文・文章作成、読みやすい文章、わかりやすい文章を書いています。
地方ならではの気軽な料金で全国対応もしております。ぜひご利用ください。
広告コピー 1 宝石店ダイレクトメールはがき
静岡市呉服町 時計宝石の一光堂 (1984年)
広告コピー 2 観光広告のキャッチコピーとボディーコピー
根性不要
退職したら住みたいところナンバーワン、それが静岡なんだそうです。転勤族の人たちの話です。とにかく気候がいい。夏は涼しいし、冬は雪も降らない。晴天が多くて空気もきれい。海があって、山があって、富士山にいつもにらまれているから悪いこともできない。ふと都会が恋しくなったら新幹線で1時間、すぐ東京。こんな具合に何でもありなんです。ふつう人生には、ある程度の我慢と根性を要するものですが、静岡ではそんなの必要ないのかもしれません。我慢に疲れたらいつでもどうぞ。のんびりと、根性抜きでくつろげる街です。
静岡市観光協会の旅行雑誌広告 (1996年)
CM案 1 (未制作) 発想の転換、あるいは人がつながる。
大きな会議テーブルを囲んで各社が会議中。
一人、背中が痒くなり、こっそり孫の手を取りだして搔く。
横の人が怪訝な目で見るが
「ちょっと貸していただけます?」と目配せ。借りて搔く。
また横の人が目配せ、借りて搔く。また横の人・・・。
その様子を睨んでいた人が
「そこの人たちちょっと待った!」
とばかりに立ち上がり「発想の転換を!」提案。
全員椅子を右に向け、手で隣の背中を搔く。
会議中だというのに幸せそうな面々。
*以下のような目的で使用できます。
・発想を転換しよう
・人と人がつながります(ネットワークなど)
・幸せの作り方をご提案します
↑ ご利用をご検討くださる方、ご一報ください。 CM案 (2008年)
広告コピー 3 文章でイメージ世界を作ります。
春はやまざくら
幾千年の桜色
やがて新緑につつまれて
すずかぜそよぐ別天地の夏
安部の大滝へ足をのばせば
人の小さきこと、思いひとしお
日の入りの早まるころは
山々のまとう
秋の錦に高鳴る胸
年の瀬は憂いをわすれ
年のはじめも情けにまかせ
これが日本の
これがやまざとの
せつなくもうれしく
とこしえに心あたたかき
温泉宿
梅ヶ島温泉 泉屋旅館(ホームページとリーフレット用散文) (2007年)
広告コピー 3 デイリースポーツ紙「読者が選ぶ紙上広告コンクール」銀賞受賞作品
伊東観光協会 (2002年)
長文 1 映画紹介
『イン・ハー・シューズ(In Her Shoes)』(2005年 カーティス・ハンソン監督)
16歳のとき短期間ながら日本でモデルをしていたこともある(東京には外人モデルがいつも大勢います。)というキャメロン・ディアスと、オーストラリア国立演劇学院出身でアメリカ映画やミュージカルの舞台でも活躍するトニ・コレットが姉妹を演じたコメディータッチのヒューマンドラマです。
姉のローズを演じるのがコレットで、妹のマギーを演じるのがディアス、姉妹はそこそこに年が離れているという設定ですが、実はディアスが2か月先に生まれていて、公開当時は33歳と32歳(コレット誕生日の直前にアメリカで公開)です。一見したところコレットの方が老けているのはメイクなどのせいだったんでしょうか。
ローズとマギーの姉妹は、子供のころに母を亡くし、互いに一番の肉親として人生で最も大きな存在であり続けますが、弁護士になった姉のローズに対して、美人という以外に取り柄のない妹のマギーと、容姿と頭脳は正反対です。
映画は、この姉妹が反目しながらも共に成長し、姉妹の絆を固くしていく姿を描きます。 そう書くと、なんだかありがちな、とも思えてしまうのですが、子供のころに自動車事故で亡くなっている母、母を失って再婚している父、父とは憎しみ合い信頼が築けなかった母方の祖母(シャーリー・マクレーン)という、姉妹にとって最も大事なこの三人の人物像とそれぞれを取り巻く人々を描くことで、単なる姉妹愛のドラマではなく、家族のあり方や、家族が普通であることと普通でないこととの差異についてまで、深く掘り下げて考えさせてくれる奥深い作品になっています。
妹のマギーがローズの家を飛び出して、平穏な老後を過ごすフロリダの祖母を訪れ、しばらく住み着くのですが、そこに暮らす愛すべき老人たちの豊かな人間性も、作品を心温まるものにしてくれています。アメリカのおばあちゃん役として今や第一人者ともいえそうなシャーリー・マクレーンのクールな演技も心に残ります。
長文 2 映画紹介
『ゲス・フー/招かれざる恋人(Guess Who)』(2005年 ケヴィン・ロドニー・サリヴァン監督)
白人女性と黒人男性だった1967年の『招かれざる客』でしたが、『ゲス・フー/招かれざる恋人』はそのパロディーのような形式をとって、白人青年と黒人の娘がカップルです。
監督は、黒人のケヴィン・ロドニー・サリヴァン。テレビドラマの監督さんですが、この映画を底抜けに明るい見事なコメディー作品に仕立ててくれました。
明るいといっても、ドラマの中にはちゃんと黒人と白人の対立があって、娘の連れてきた男が白人だったことで到底承諾はできないという頑固親父も出てきます。ところがその頑固親父も人の子で、実は女房にはぞっこんで頭が上がりません。
バーニー・マックが演じたこの頑固親父が秀逸です。アシュトン・カッチャー演ずる白人青年との爆笑コンビも、史上最高レベルといってよいくらいのものがあります。
アシュトン・カッチャーも、こんなにいいやつどこにもいないと思わせるナイスキャラですし、『ターミナル』にも出ていた娘役のゾーイ・サルナダもなかなか気が強くて愛くるしいキャラクターです。
深刻な内容だった『招かれざる客』から38年、アメリカ社会が本当にここまで調和を手に入れたかどうかはわかりませんが、黒人家庭の食卓で白人青年が人種差別小咄を披露してその場のみんなを笑わせ、またついうっかり空気を凍りつかせて私たち観客を笑い殺すなんていう映画が作れる時代になったんですから、きっとアメリカも進歩しているんでしょうね。
特に私たちが注意して見たいのは、1967年白人監督の『招かれざる客』と、本質部分でどこが違うのかという点です。
『招かれざる客』は、皮膚の色こそ黒人でも、職業的身分、考え方、服装や身のこなしから話し方に至るまで、中身は白人のお手本ともなるほどに白人という、現実離れした黒人しか出てきません。『招かれざる客』はあくまでも白人の視点から一方的に描かれていたわけです。
しかし私たち日本人もまた「colored」です。白人ではなく、黒人と同じ有色人種なんですね。『招かれざる客』も含めたあらゆるアメリカ映画に慣らされて白人の視点を植え付けられてきた私たちには、『招かれざる客』を見ても、そこに問題を見つけることができなかったという事実があります。
2005 年の黒人監督による『ゲス・フー/招かれざる恋人』は、単なる爆笑コメディーとしてもちろん楽しめるんですが、『招かれざる客』と正反対なのは、男女の白と黒が入れ替わったというだけでなく、ベースにおかれた本質的な価値観そのものが、はっきり黒人の側にあるということです。そしてそれを、白人も含めたあらゆるアメリカ人が違和感なく受け入れて、傑作コメディーとして楽しめるようになっているということですね。
一般の黒人にとって大いに違和感があったはずの『招かれざる客』と、誰にでも楽しめる『ゲス・フー/招かれざる恋人』。そういう視点があれば、『ゲス・フー/招かれざる恋人』は単なるコメディーではなく、もっと尊くて大事にしたくなる作品となるのではないでしょうか。
長文 3 映画評論
『エデンより彼方に(Far from Heaven)』(2002年 監督脚本:トッド・ヘインズ)
かつてアメリカに(恐らく今もまだ)あった「二つの世界」を描いた作品です。二つの世界とは、白人社会と黒人社会のことです。
たとえば南アフリカ共和国には、アパルトヘイトという法による人種隔離政策がずっと行われていました。「名誉白人」とされて喜んでいた日本人もまた、人種差別主義サイドにいたことになりますが、幾百年と続いてきた「伝統的価値観」としての人種差別。それを疑いだしたのはまだごく最近のことだったということを、この映画は改めて認識させてくれます。
舞台となるのは1950年代のアメリカ、コネティカット州の州都ハートフォード。現在ではアメリカでも貧しい都市とされますが、映画登場人物のフランク・ウィタカー(デニス・クエイド)は大企業の役員で、妻キャシー(ジュリアン・ムーア)、二人の子供とともに豪邸に住み、豊かな暮らしをしています。
主人公となるのはジュリアン・ムーア演ずるウィタカー家の主婦、白人のキャシー。そしてデニス・ヘイスバート演ずる黒人庭師のレイモンド・ディーガンです。ウィタカー家は人も羨む幸福な家庭だったんですが、映画はそれが次第に崩壊してゆく過程を、古典的で安心感のある手法によって、非常にわかりやすく、また極めて真摯な視点で描写していきます。
家庭崩壊は常に子供ではなく、大人の側から起こります。それは大人に問題があるからです。とても単純な真理命題ですね。その単純な命題における大人の問題を詳細に描写することで小説や映画は成立するのですが、この映画での問題は二つあります。
ひとつは夫が同性愛だったこと。現代のアメリカでは、同性愛も市民権が得られたような話を聞きますが、1950年代当時は、一種の精神病として扱われていたことが映画から理解できます。
もうひとつが「二つの世界」です。白人の裕福な家庭には黒人の家政婦が働いていたりして、ふたつの人種はさも共存しているようにも見えるのですが、実はそれもマクロで見た場合に限られ、ミクロに見た実態としてはまったく別の世界に生きているということだったのです。それは単なる階級の違いなどではなくて、そこには互いに決して相容れない、まったく別の社会が併存しています。黒人の子供がホテルのプールにうっかり入ってしまうと、白人客は全員プールからあがってしまい二度と入ろうとしない。またその黒人の子供も大人の黒人からこっぴどく叱られる。そんな残酷な現実があったのです。
本当にこんなひどい社会があるのかと、単一人種で単一言語の私たち日本人からするとまったく信じられない話なんですが、ごくごく最近まで、南アフリカで、オーストラリアで、そしてアメリカで、それは当たり前の話だったんですね。そうした異常な当たり前を見せ、その当たり前を問いただしてくれるのがこの映画、『エデンより彼方に』です。
この映画は、白人女性と黒人男性が恋に落ちるといった単純な物語ではありません。また、互いに惹かれ合いながら、互いの家族や社会、さらに親友にまではっきりと拒絶される現実の中、その現実に立ち向かおうといった勇ましいストーリーでもありません。
映画がはっきりと提示するのは、圧倒的な力を持ち真理を一顧だにしない現実の側にいる人々と、真理に気付いてしまった男と女の、孤独で悲しい無力さなのです。
映画評論・映画案内・予告編100本以上 (2007年)
文筆業・コピーライター
興津 諦 略歴
静岡聖光学院中高等学校卒
武蔵野美術大学卒
1980年代より静岡にて広告クリエイター。また日本語教育にも携わる。在野の日本語研究者でもある。
著作
『日本語入門 The Primer of Japanese』富士国際日本語学院
『新しい日本語文法』大修館書店月刊『言語』1994年12月号
『夢・色・葉・歌』1998年新風舎出版賞優秀賞受賞
参考サイト
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