日本の中心地、久能山東照宮
久能山東照宮神廟
君徳川家康公のご上意(生前に言った言葉)の中でも、極めて重要と思われるのが「久能山こそ駿府城の本丸なり」という言葉。久能山は駿府城よりも重要な場所であると家康公は考えていたのだ。亡くなる2週間ぐらい前、本多正純、南光坊天海、金地院崇伝を駿府城に呼んで、自分が死んだら遺骸を西に向けて久能山に葬れと命じた。そして元和二年(1616年)4月17日、駿府城で薨去。その日のうちに久能山に埋葬された。久能山東照宮徳川家康公の墓所であり、天下統一の中心地。この地のパワーも計り知れないものがあるはずだ。(写真は家康公の遺骸が埋葬されている久能山東照宮の神廟。日光へ運ばれたと信じる人も多いが、それは日光への勧請=分霊を指揮した天海の仕組んだトリックによるものだ。
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