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すること、やること
「する」という語に対して「やる」という語があります。基本的に語義はほとんど同じですから、どう違うのかという疑問を外国人の日本語学習者なら当然もつわけですが、これを変なたとえで教えてしまって学習者がおかしな理解をしていることがあります。
「私はなるべく『する』を使うようにして『やる』は使わないようにしてるわ。」
なんていう、ちょっと上品ぶった発言をある日本語教員から聞いたことがありましたが、ちょっとそれは違うだろうと思って、考えを改めてもらったことがあります。
×「する」:上品
×「やる」:下品
…と、こんなふうに教えられた学習者は悲惨です。
以後めったに「やる」は使えなくなるからですね。しかし実際は、どんなに上品な女性でも「やる」を使わずには生きられません。それが日本語であり、「やる」は決して「下品なことば」でもなんでもないからです。
ではどう違うのか?
簡単にまとめると次のようになります。
「する」は、ふつうのこと。
「やる」は、特別のこと。
例文を見ましょう。
「宿題でもするか?」
この「宿題をする」は、「宿題」が決して特別なことではなく、して当然であるとか、いたって普通のことだという意味合いになります。
「宿題でもやるか?」
この「宿題をやる」は、「宿題」が当然のことでも普通のことでもなく、普通に過ごす時間の流れの中にあってちょっと特別な時間を作っておこなうことであるという意味合いになります。
「やったー!」
何かに成功して喜ぶときに使う言葉で、「ヤッターマン」なんていうアニメもありましたね。
これを、
「したー!」
…と言ったのでは、「成功した」とか「困難を乗り越えた」という意味にはとうていなりません。特別のことをしたんですから、ここはどうしても「やった!」と言わなければならないのです。
何かをやり遂げる
…という言葉も、「し遂げる」では気が抜けてしまいます。「成し遂げる」といえば力がこもっていますが、同じように「やり遂げる」といってこその言葉です。
(060316)
