時制(じせい)とは言語学の用語で、述語(主に動詞)によって言及される出来事などが、主に発話時点からみて現在・過去・未来のどれにあたるかといった時間的関係を表現する形式をいう。日本語の動詞では「‐た」によって過去が表示され、現在・未来は終止形(辞書の見出しになっている形)によって表示される。 注目している時点において動作が継続中か、完了しているかなどを表す要素である相と区別される。 「きょうは結婚記念日だった」「あっ、あった」などの例を根拠に、日本語の「‐た」は過去を表すのではなく、日本語には時制はないとする意見がある。歴史的にも日本語の「‐た」は テアリ > タリ > タ と変化して成立したものであり、「あり」という存続の意味が原義である。しかし、段落冒頭のような慣用的例外はあるものの、近代の日本語においては概ね過去/現在の対立で「‐た」と非「‐た」の形が使い分けられており、その意味では時制があると見ることもできる。 時制(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) 相(そう)とは、言語学、文法学上の用語で、動詞の文法カテゴリーの一つであり、動詞が表す出来事の完成度の違いを記述する文法形式のことを言う。アスペクト(aspect)ともいう。出来事を完結したまとまりのあるものと捉えるか、未完結の広がりのあるものと捉えるかによる語形交替などをいい、また出来事が瞬間的なのか、継続的か、断続的か、反覆するのか、やがて終わるのかといった全過程のどの局面にあるのかと面に着目して区別を行うことをもいう。 もともとロシア語などのスラヴ語に見られる完了体と不完了体の対立を表すものであった。なおロシア語の場合、日本語訳に「相」ではなく「体」が使われている。 かつて古典語の文法ではvoice(態)を相と訳しているものが多かったが、現代ではaspectの訳として相をあて、voiceの訳としては態をあてるのが一般的である。 日本語では、 * 雨が降っている・雨が降っていた(未完結相) * 雨が降る・雨が降った(完結相) というように、動詞のテ形語幹に「いる」がつけば出来事が未完結であることを表し、「いる」がなく、語幹に直接「る」「た」のみがつく場合は、出来事が完結していることを表現している。ちなみに「る」「た」は時制(テンス)を表している。 また、「雨が降っている」は、出来事が継続していることを表しているが(進行相)、「椅子に座っている」のように、「いる」が瞬間的に変化する動詞につけられた場合、変化の結果が持続していることを表している(結果相)。さらに「雨が降り始めた」(起動相)、「雨が降り止んだ」(終結相)というように補助動詞をつけることでさまざまな局面を表している。 相(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
▽生の認識をそのまま発話する場合 事象=「行き」→(請け合い)→「行く」 ▼ファイル化して発話する場合 事象=「行き」→(請け合い)→「行く」→(ファイル化)→「行くの」