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 〜みんなが知りたかったパングラムのすべて〜

興津 諦 
第7回新風社出版賞ノンフィクション部門優秀賞受賞(1998年夏)

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興津諦(1998年11月24日)〒422-8046 静岡市中島1185-1/日本



 もくじ

 はじめに

 第一章 「パングラム」ってなに?

 第二章 作例集

 第三章 古典 〜昔からのパングラム〜

 第四章 パングラミング 〜作り方の実際〜

 第五章 ルール

 第六章 いろは歌の迷信

 あとがき

 参考図書一覧




はじめに

 

 十数年前、西ドイツの友人宅に泊めてもらったときのことです。ドイツ生まれドイツ育ちのその友人が急に漢字に興味を示し、今度日本に手紙を出すとき、宛名を漢字で書いてみたいと言うのです。

 彼は一度だけ日本で休暇を過ごしたことがありましたが、日本語は「アリガト」「コニチワ」ぐらい、中国語も韓国語も知りませんから漢字を書くのはそれがまったくの初体験。誰かの初体験の手ほどきというのは実にわくわくするもので、私は喜んで手本を書いてやりました。

 横書きで「日本国」と書いてやると、まず「日」の字そっくりに文字を書きました。しかし書き順までは教えなかったので、一筆書きで周りの「口」を書き、最後にまん中の横棒を引くという書き方になりました。次の「本」の字は、「十」を書いたあと、先に下の横棒を引いてから最後に斜めの線を引きました。三つめの「国」の字はさらに不思議な書き方になりました。まず「十」を書いて、その上に横棒、「干」の字のようになったところで右下に「ヽ」を入れ、次に下に横棒、できた「玉」の字を最後に一筆で四角く囲ってできあがり、という具合だったのです。

 そうして書き上がった「日本国」でしたが、書き順とは裏腹に実に均整が取れていて、なかなか美しいものでした。

 美しい仕上がりと、意表を突いた書き順との大きなギャップ、それは私に痛快な衝撃をあたえてくれました。こうしてああしてそうなるのが当たり前…と思っていたら、それとはまったく別の方角、別の次元からあっと驚くような成果を出されてしまったわけです。

 このように、いつも疑ったことのなかった物の見方を軽々と覆されるというのは、何とも愉快なものです。

 これから皆さんをご案内する言葉の世界も、まさにこれと同じことが次から次へと展開していきます。この世界では誰かの書き順に驚かされるのではなく、自分自身の手を使って言葉を綴っていくのですが、にも関わらず、自分の予想は軽々と裏切られて言葉が展開していくという、奇妙奇天烈摩訶不思議、最高にエキサイティングな経験をしていただけることでしょう。

 さあそれでは、パングラムの世界へとお進みください。




第一章 「パングラム」ってなに? 

 

1 パングラムは四十六字

 

 眠気干す

 朝露降りたころ

 地平も濡れて陽に染まる

 新芽柔らかく

 花を得見せよ

 ふきのとう (筆者自作)

 

 これがこの本でご紹介する「パングラム」です。一見、普通の詩のように見えますが、実は「形」が決まっています。次のように全部ひらがなに直したものをご覧ください。

 

 ねむけほすあさつゆお

 りたころちへいもぬれ

 てひにそまるしんめや

 わらかくはなをえみせ

 よふきのとう

 

 そしてこれを五十音順に並べ直してみましょう。

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 や ゆ よ

 らりるれろ

 わ   を

   ん

 

  「あいうえお…」の仮名が四十六文字、ひと通り現れました。

 現代の私たちは、「現代仮名遣い」のルールに則って全部で「四十六」の仮名を使っています。

 この歌は、その四十六の仮名を、一字一回ずつ、全部使って作ったものです。これを「パングラム」と呼んでいます。

 

2 日本語だからできる

 

 たとえば英語では、二十六文字のアルファベットを全部使って、完全に重複のないパングラムを作ることは不可能だと言われています。どうして不可能なのか、まずそれを考えてみましょう。

 アルファベットの中には、「A」「E」「I」「O」「U」という「母音」があります。母音は、声帯から声が解放されて出る部分、つまり「音節」を作るために不可欠です。身のまわりのものをちょっと英語で綴ってみれば…「DESK」「CHAIR」「CLOCK」「PENCIL」「DICTIONARY」…などなど、ありとあらゆる単語に必ず母音の字が使われているのがわかります。母音の字は二十六の中で「Y」を入れても六つしかありません。ABCで重複のないパングラムを作ることが不可能だというのは、この六つしかない母音を重複させずに作ることができないからです。

 それでも「pangram」という言葉があるのは、英語での定義が厳密なものになっていないためです。

  『ランダムハウス英和大事典第二版』を引いてみると、「pangram」の定義を「アルファベットのすべての文字を(なるべくなら一回ずつ)使った短文」としています。パングラムに「重複なく」という制限を課すのは無理だということなのでしょう。

 英語でパングラムだとされているのは、例えば次のようなものです。

 

 How razorback-jumping frogs can level six piqued gymnasts!

 

 これは、コンピューターの英字書体の見本を表示するために使われていた文で、二十六文字の二倍近い四十九文字からなっています。

 もっとよくできたものに、次のようなタイピング練習用の文があります。

 

 A quick brown fox jumps over the lazy dog.

 

 全体で三十三文字、重複して出てくるのは「A」が二回、「E」が二回、「O」が四回、子音の「R」が二回、「U」が二回です。一般に通用する単語を使って作られたパングラムとしては、恐らくこれが最高の作品なのではないでしょうか。

 

 さて、日本語ではどうでしょう。

 たとえば、「おもしろい」をローマ字で書くと、「OMOSHIROI」となります。平仮名に重複は一つもありませんが、ローマ字では「O」が三回、「I」が二回出てきます。つまり日本語では、仮名に初めから母音が含まれているために、母音がたくさん重複しても仮名が重複することはそれに比べてずっと少ないのです。

 英語のパングラムで「母音の字に限って何度使ってもよい」というルールにした場合と、日本語のパングラムで「同じ仮名を決して二度使ってはいけない」というルールにした場合とが、同じぐらいの制約になる理屈ですが、パングラムを作ってきた経験から言えば、日本語の完全なパングラムはそれ以上に容易に作れるように思います。

 

3 初めてのパングラム

 

 私が初めてパングラムを作ろうと思ったのは、台湾で日本語教員をさせてもらっていた一九九〇年ごろのことでした。

 私の教室に来てくれたみなさんはほとんどが社会人、毎日忙しい仕事に追われているのにとても勉強熱心で、一日も早く日本語を使えるようになりたいとがんばってくれました。

 しかし日本語の勉強を始めてまず苦労するのが、ひらがな・カタカナです。台湾は中国文化の国ですから、漢字の方はみなさん簡単だと言われるのですが、ひらがな四十六字、カタカナ四十六字、合わせて九十二もある日本語の仮名を全部マスターするのはなかなか大変なことです。

 日本語を勉強する外国の人たちも、やはり日本の小学校と同じように、「あいうえお」の「五十音」から勉強します。「あ」から順に一字ずつ習ってゆくわけですが、日本語の入門書には、仮名一字ずつに用例として単語がついていたりします。「あ」なら「あさ」、「い」なら「いぬ」という具合に…。しかし「あ」のところで「あさ」とやれば、「あ」と同時に「さ」にも触れなければなりません。この調子で「ん」までいくと、例として出てくる単語に煩わされて、効率の良い学習ができないように思えてなりませんでした。

 そこでもっと効率良く仮名を勉強できないものかと考えました。「あいうえお」は発音練習などで別に使うとして、できる限り少ない単語を厳選し、それだけ覚えれば仮名の読み書きがマスターできる、そんな教材を作りたいと考えたのです。そしてできたのが次のようなものです。

 

  「あさ(朝)」「かお(顔)」「くち(口)」「へん(変)」「わたし(私)」「むすめ(娘)」「はれ(晴れ)」「ねて(寝て)」「ふろ(風呂)」「なに?(何)」「ぬの(布)」「やま(山)」「もみ(樅)」「こけ(苔)」「うえ(上)」「ゆり(百合)」「せい(背)」「よる(夜)」「そら(空)」「つき(月)」「ひと(人)」「ほを…(帆を)」

 

 単語は全部で二十二。同じ仮名が二度出てくることなく、全部の仮名を使っています。

 教材の使い方としては、まずこれを全部読めるようになるまで練習します。次に、ローマ字をふったマスに、全部書けるようになるまで練習します。ひらがなが全部できたら、次はカタカナも同じようにやる…という具合です。

 この教材ができたことに気をよくして、今度は全体が文になったパングラムに挑戦しました。

 小牧の空港で買ってあった携帯用の磁石式「シクロゲーム」※のコマの白い面に油性ペンでひらがなを一字ずつ書いて、それを「仮名葉(かなは)」にして言葉を並べていきました。

  「仮名葉」というのは、仮名を一字ずつ書いた「ふだ」のことで、パングラミング(パングラムを作ること)に不可欠な道具です。

 難しいことかもしれない、できないかもしれない…と思いながら仮名葉を並べていったのですが、意外にも、二時間足らずで一つめが完成。「自分はもしかしたら凄いことをやってのけたんじゃないだろうか」と驚いてしまい、しばし呆然としてしまいました。

 (※「オセロゲーム」と言った方が通りがいいのでしょうがメーカーの商標を尊重すると「シクロゲーム」になります)

 

4 「誰にでもできる」という事実

 

 出来映えはまったく大したことなかったにもかかわらず、一つ完成させただけでそんなに驚いてしまったのは、こういうものがまさかそう簡単にできるとは思っていなかったからです。

  「もしかすると自分はこの方面に才能があるのだろうか?」

  「きっとそうだ、これは自分の特技に違いない。」

 あまりに未知の領域に過ぎたせいで、何の根拠もないことをあれこれと考えました。当時妻はまださほど日本語ができず、この件について妻の意見を聞くということもできなかったので、私は一人勝手にただ興奮し、「凄いことができたよ、信じられないことだ…」と、台湾国語(中国語)で一方的に語ったのを憶えています。そして私は夜も寝る間を惜しんでパングラミングに熱中するようになりました。

 それで教員の控え室にまで仮名葉を持ち込むようになってしまったのですが、ある時同僚の先生が興味をもって、「ぼくにもやらせて」と作り始めました。すると驚いたことに、五分と経たないうちに一つ完成させてくれました。

 私の作品同様、出来は大したことありませんでしたが、そのあまりの速さに、ただ唖然とするほかありませんでした。

 それまでの思い込みが瞬時にして大きな風穴と化し、ピューという風の音とともにどこかへ飛んで行ってしまいたい気持ちになったものです。

 

 パングラムは、日本語さえできれば誰にでも作れるもの、これが明白な事実です。

 

5 短歌、俳句、川柳、パングラム

 

 四十六の仮名の組み合わせはほとんど無限と言ってよく、パングラムにこれだという解答はありません。従ってその中で表現される世界も無限に広がります。

 短歌は三十一文字、都々逸二十六文字、俳句と川柳は十七文字ですから、パングラム一首で使える言葉はそれらよりもずっと多くなります。

 ルールの制約があって難しいと思われていますが、やってみれば誰にでも作れます。誰にでも作れるということは、その気になれば短歌や俳句のように作品を量産することも可能です。初めて第一作めのパングラムを完成させてしまうと、勢いづいて一気に五首も六首も作ってしまう人が多いという事実がそれを証明しています。

 そうなれば、定期的に新作を持ち寄って互いに評価し合うといったことも容易です。ラジオ番組などで、

 

 さあパングラムの時間です。今週のお題は「不良債権(ふりょうさいけん)」

 

 などとやったらきっとたくさん作品が集まることでしょう。

 パングラムは日本語に固有のものとなりうる文芸の一ジャンルであり、定型詩の一つと呼ぶべきものです。しかも、短歌や俳句にはさほど縁のなかった人でも、容易に入っていくことができるのです。




第二章 作例集

 

 作例集として筆者自作の四十首をご覧いただきたいと思います。

 各作品の題名はつけずに、初めの仮名葉三枚をその代わりとし、一から四十まで番号を振りました。また、漢字を使って書いたものの後に、一行十文字で改行したひらがな表記のものを添えました。四十六字重複なく全部使っていることを、これでご確認いただけると思います。また、少しでもご参考になればと思い、ちょっとしたコメントも入れてみました。

 百を超える作品の中から一応「厳選」したものですが、読者の皆さんも、「これなら自分にもできる!」と気付いてくださることでしょう。

 

「ほしそ」(一)

 

 星空へ

 金色船を浮かばせて

 忘れ得ぬ夢ひとり見る

 苔蒼く

 谷間も潔む夏の地よ

 

 ほしぞらへきんいろふ

 ねをうかばせてわすれ

 えぬゆめひとりみるこ

 けあおくたにまもさや

 むなつのちよ

 

★旧仮名遣いの四十八音なら「七五七五七五七五」という「今様歌(いまよううた)」のリズムが取れるのですが、現代仮名遣いは四十六音なので、この作品のように「五七五七五、五七五」という調子をよく使っています。

 

 

「あせみ」(二)

 

 畦道へ靴を脱ぎ捨て

 たにし掘れ

 とんび舞い降りこぶな跳ね

 燃え盛る夕焼けの環よ

 村染めろ

 

 あぜみちへくつをぬぎ

 すてたにしほれとんび

 まいおりこぶなはねも

 えさかるゆうやけのわ

 よむらそめろ

 

★「掘れ」「染めろ」のように、語尾に「命令形」を使うと、パングラミングが少し楽になることがあります。

 

 

「とろふ」(三)

 

 泥踏んで

 髭根を伝い沢のやご

 青葉もゆらり目にそよぐ

 衣穿ち

 星成せる洲へ群見舞え

 

 どろふんでひげねをつ

 たいさわのやごあおば

 もゆらりめにそよぐき

 ぬうがちほしなせるす

 へむれみまえ

 

★「星成せる洲」という箇所が苦しいです。

 

 

「こきふ」(四)

 

 ゴキブリは

 翼回すゆえ空を飛び

 六本足で地も駆ける

 鬼目指せ

 海へ至れぬ納屋の棟

 

 ごきぶりはよくまわす

 ゆえそらをとびろっぽ

 んあしでちもかけるお

 にめざせうみへいたれ

 ぬなやのむね

 

★羽根のことを「はね」「つばさ」「よく」「ウイング」…と、色々に言うことができますが、このような単語の多いのが日本語の強みです。

 

 

「いつも」(五)

 

 いつも螢八百万

 朝光り街に増え

 暗ければみんな寝て

 望むべき夢越せぬ

 皺を問う

 

 いつもほたるやおよろ

 ずあさひかりまちにふ

 えくらければみんなね

 てのぞむべきゆめこせ

 ぬしわをとう

 

★ほぼ全体を「五五五五…」で整えてみたものです。

 

 

「きやへ」(六)

 

 キャベツに毛虫、ぽろりと落ちた。

 「もう食えないよ、捨てませんか?」

 悪びれぬ姉、

 昆布(こぶ)をはさみ、夢の空。

 

 きゃべつにけむしぽろ

 りとおちたもうくえな

 いよすてませんかわる

 びれぬあねこぶをはさ

 みゆめのそら

 

★いったいどこからどうやって毛虫が落ちてきたのでしょうか。言葉ができあがってから意味を考えるのもパングラムの楽しみのうちです。

 

 

「おりひ」(七)

 

 織姫惚れし牽牛

 闇夜は毎日食べ物なく

 粟粒すら得かねて

 無漏逸ることをさせぬ

 

 おりひめほれしけんぎ

 ゅうやみよはまいにち

 たべものなくあわつぶ

 すらえかねてむろそる

 ことをさせぬ

 

★七夕用に作ったものです。「無漏:悟りが開け、迷いや欲望がなくなったこと」(『大辞林』より)こういう難しい言葉は、仮名葉が余って苦し紛れに出てくる場合がほとんどです。「む」と「ろ」が余ったので辞書で「むろ」と引いたら「無漏」と出てきたわけです。

 

 

「ふるす」(八)

 

 古巣去り

 椰子の木陰で居眠れば

 引く波音に法螺も消ゆ

 縁集め揃わぬ魂を内へ寄せ

 

 ふるすさりやしのこか

 げでいねむればひくな

 みおとにほらもきゆえ

 んあつめそろわぬたま

 をうちへよせ

 

★最後の詰めに苦しむのはパングラミングの常…。

 

 

「ひさし」(九)

 

 久しく風呂やめ

 波、泡寄せず

 晴れる空へ帆を立て行こう

 妻の笑顔胸に持ち

 凛と生き抜け

 

 ひさしくふろやめなみ

 あわよせずはれるそら

 へほをたてゆこうつま

 のえがおむねにもちり

 んといきぬけ

 

★一九九〇年に初めて作った散文的なパングラムです。

 

 

「きんい」(十)

 

 金色の藁も錆びて折れ

 明後日返せる品を盗む

 窓は雨降り

 湯気屋根へ細く立つ

 

 きんいろのわらもさび

 ておれみょうごにちか

 えせるしなをぬすむま

 どはあめふりゆげやね

 へほそくたつ

 

★「みょうごにち」という単語を据えるところから始まった妙な作品です。

 

 

「ねつた」(十一)

 

 熱帯の浜辺波寄せ

 穂を揃え椰子揺れる地に

 青き影

 盗人等踏む目も割りて

 鬱金咲く

 

 ねったいのはまべなみ

 よせほをそろえやしゆ

 れるちにあおきかげぬ

 すびとらふむめもわり

 てうこんさく

 

★台湾に住んでいたころ作ったものには、このような南国調のものがいくつもあります。

 

 

「たれも」(十二)

 

 「誰も知りゃせぬ秘密の金よ」

 「うそ、ほんま?」

 「懐寒きを忘らるで」

 「へ?」

 …夢はあえなく池に落ち

 

 だれもしりゃせぬひみ

 つのかねようそほんま

 ふところさむきをわす

 らるでへゆめはあえな

 くいけにおち

 

★会話形式になったものです。状況を想像していただけると楽しいかと思います。

 

 

「あめふ」(十三)

 

 雨降って砂絵も剥げたら

 ゆり咲くとんぼの径へ回る

 濡れ岸に沿う痩せ稲を

 喜び拝む

 

 あめふってすなえもは

 げたらゆりさくとんぼ

 のみちへまわるぬれぎ

 しにそうやせいねをよ

 ろこびおがむ

 

★望みばかりはあくまで高く、「平成手習い歌」の完成を目指しています。

 

 

「ねむれ」(十四)

 

 眠れぬ秋の夜

 本伏せず持ち

 膝掛けをそろりと羽織る

 妻夢見

 何へ声たて卑しく笑う

 

 ねむれぬあきのよほん

 ふぜすもちひざかけを

 そろりとはおるつまゆ

 めみなにへこえたてい

 やしくわらう

 

★事実がどうであれ言葉ができてしまうのがパングラムの常ですが、この作品はなんとか事実に近いものになりました。

 

 

「うつせ」(十五)

 

 空蝉の

 夜明けてひとり薦屋敷

 地へ色細く実降らす

 無なる夢追わぬ枯れ葉に

 魂を得ん

 

 うつせみのよあけてひ

 とりこもやしきちへい

 ろほそくさねふらすむ

 なるゆめおわぬかれは

 にたまをえん

 

★パングラミングに集中していると一種の「境地」に入ってゆくことがあります。「以呂波(いろは歌)」が『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』という仏教典の一節だと解釈されているのも、パングラミングという作業に日常から遊離する感覚を呼び起こす作用があって「悟りの境地」みたいな内容のものに傾きやすいためだと言えそうな気がします。もちろん初めからそれを狙ってパングラムを作ることも可能です。

 

 

「さきた」(十六)

 

 鷺立ちて

 羽音に白む水面染め

 焼け滅ぶ日を潤ません

 帰り来ぬ常

 忘れ行く安部の宵

 

 さぎたちてはおとにし

 らむみなもそめやけほ

 ろぶひをうるませんか

 えりこぬつねわすれゆ

 くあべのよい

 

★歌い出しはきれいかなと思ったのですが…。

 

 

「あほう」(十七)

 

 あほうどりは百年目

 落ちつかぬ腰伏せて結わえるも

 如意ならず

 それざまをみろ

 軒へ向けた

 

 あほうどりはひゃくね

 んめおちつかぬこしふ

 せてゆわえるもにょい

 ならずそれざまをみろ

 のきへむけた

 

★このような架空の世界を描くのはパングラムの得意技。

 

 

「おさな」(十八)

 

 幼い日に拗ねて見た

 夢のロケット

 病む星護り

 地へ黒煙吹き荒れる

 世は嘘をわからせぬ

 

 おさないひにすねてみ

 たゆめのろけっとやむ

 ほしまもりちへこくえ

 んふきあれるよはうそ

 をわからせぬ

 

★ほぼ完全に文脈が通ったときの満足感は、筆舌に尽くしがたいものがあります。

 

 

「やまを」(十九)

 

 山を抜け

 風そよぐ末

 陽射し木にうつろい

 荒れ野も火照らん

 夢運ぶ波音眠り地へ渡る

 

 やまをぬけかせそよぐ

 すえひざしきにうつろ

 いあれのもほてらんゆ

 めはこぶなみおとねむ

 りちへわたる

 

★七五調を用いずにいて最後に五七五をもってくるという形になりました。

 

 

「いろは」(二十)

 

 色は無へ

 切なくも帰す

 我が身あり地に魂揺れるこのひと世

 憂さ知らぬ寝屋で頬染め

 更けを得ん

 

 いろはむへせつなくも

 きすわがみありちにた

 まゆれるこのひとよう

 さしらぬねやでほおそ

 めふけをえん

 

★「以呂波(いろは歌)」を意識して「いろは」で始めたものです。大和言葉(やまとことば:漢字を使っても訓読みだけの言葉)だけで作ってゆくと、「ん」が余りやすくなります。

 

 

「みそこ」(二十一)

 

 みそこんぶ、めざし、ほたて、ます、うに、とろ、もつ、ひれ…。

 童の胸焼けぬおせち、ある?

 …欲を言えばきりがない。

 

 みそこんぶめざしほた

 てますうにとろもつひ

 れわらべのむねやけぬ

 おせちあるよくをゆえ

 ばきりがない

 

★単語の羅列を入れるとパングラミングがとても易しくなります。これについては第四章の「2 やさしいパングラミングの手順」で実際に練習します。

 

 

「ほねや」(二十二)

 

 骨休め

 港潮風旅は風呂

 空へ湯煙宵の月

 口を塗る泡に揉まれて

 憂さ超えん

 

 ほねやすめみなとしお

 かぜたびはふろそらへ

 ゆけむりよいのつきく

 ちをぬるあわにもまれ

 てうさこえん

 

★体言止め(文末を名詞そのままで終わらせた文)をうまく使うと、単語の羅列を入れたときのように、比較的易しくなると思います。

 

 

「けちと」(二十三)

 

 「けち!」

 と喚く阿呆の沙汰

 滑る臑を打つ

 「ない袖は振れませんから」

 雪もやむ頃

 日和見に教え

 

 けちとわめくあほのさ

 たぬべるすねをうつな

 いそではふれませんか

 らゆきもやむころひよ

 りみにおしえ

 

★この作例では、パングラミングを始めたときに組んだ言葉が最後にはほとんど残りませんでした。

 

 

「せほね」(二十四)

 

 背骨冷え我先と斎む

 寺へ抜け

 あんころ餅を馬にやり

 高くなす富士望みおる初夢よ

 

 せぼねひえわれさきと

 いむてらへぬけあんこ

 ろもちをうまにやりた

 かくなすふじのぞみお

 るはつゆめよ

 

★「ふじ」「たか」「なす」を無理やり入れた「初夢」がテーマの作品。「いちふじ、にたか、さんなすび、はつゆめ、まくら」を入れた作品もできそうです。このようにパングラムで使えそうな単語の組み合わせが思いついたら、実際にパングラミングに取りかかるのはあとの楽しみにとっておいて、とりあえずメモを取って貯めておくのも楽しいやり方です。

 

 

「かみほ」(二十五)

 

 神、仏、

 ヤーヴェを質入れねば米の無く

 貯金足らぬも主に伏せり

 お粗末侘び室

 全て去る

 

 かみほとけやあヴぇを

 いれねばこめのなくち

 ょきんたらぬもしゅに

 ふせりおそまつわびむ

 ろすべてさる

 

★「ヴェ」「ちょ」「しゅ」という三つの拗音と、「ヤーヴェを入れねば」と「お粗末詫び室」という二つの字余りを使うことで「五七五七五七五」の調子を何とか整えた作品です。

 

 

「たわむ」(二十六)

 

 戯れのぼせ

 おもちゃなんぞで熱を上げ

 笑める所へ膝濡らし

 酔狂深みにはまり行く

 

 たわむれのぼせおもち

 ゃなんぞでねつをあげ

 えめるところへひざぬ

 らしすいきょうふかみ

 にはまりゆく

 

★「笑める所へ膝濡らし」というところが意味不明になりました。こういう部分のことをパングラム用語で「謎」と言っています。もちろんないのが一番です。見得を切るような調子の良さでそれをごまかしたという、まさに「調子のいい」作例になりました。

 

 

「なみあ」(二十七)

 

 波浴びて

 登呂の浜辺を吊り目猿

 知恵も気負いか冬空に欲肥やし

 世間渡れぬ骨埋む

 

 なみあびてとろのはま

 べをつりめざるちえも

 きおいかふゆぞらによ

 くこやしせけんわたれ

 ぬほねうずむ

 

★「登呂」というのは静岡市の地名です。海からさほど遠くはないのですが、実際には登呂に浜辺はありません。「困ったときの固有名詞」ですが、「つりめざる」というその場限りの「複合語」も使っています。

 

 

「もをえ」(二十八)

 

 喪を笑み

 人は眠気の底に浸かり落ち

 過ぎ去る夢溢れ

 幻ならぬ岩瀬へ

 ようやく立てん

 

 もをえみひとはねむけ

 のそこにつかりおちす

 ぎさるゆめあふれまぼ

 ろしならぬいわせへよ

 うやくたてん

 

★まだ生き足りませんが、すぐにでも成仏しそうな内容です。完成したときは、「辞世の句ができた!」と嬉しくなりました。

 

 

「かせに」(二十九)

 

 風になり

 山を見下ろしとんび行く

 月も抜け立ち岩染めて

 羽こらえ夜の指す方へ

 群あぶる

 

 かぜになりやまをみお

 ろしとんびゆくつきも

 ぬけたちいわそめては

 ねこらえよのさすほう

 へむれあぶる

 

★童話の世界を狙っていますが、詰めがうまくいっていません。

 

 

「ねきの」(三十)

 

 禰宜の沓なぞ履けず

 一人浅瀬へ迷い落ち

 目を病む

 濡れ衣に震え

 歪んだ星

 見て笑う

 

 ねぎのくつなぞはけず

 ひとりあさせへまよい

 おちめをやむぬれごろ

 もにふるえゆがんだほ

 しみてわらう

 

★日頃のおこないが出てしまうのか、こういう絶望的なものがよく出てきます。

 

 

「たひき」(三十一)

 

 旅極めフランスの地へ

 さあ行かむ

 汝も寝惚けて寄せぬ間に

 闇を添え

 トリコロールは美しい

 

 たびきわめふらんすの

 ちへさあゆかむなれも

 ねぼけてよせぬまにや

 みをそえとりころおる

 はうつくしい

 

★漢字を使った文には「トリコロール」として、仮名だけで表記するときは「とりころおる」としています。(「第五章ルール」の5をご参照ください。)

 

 

「あれち」(三十二)

 

 荒れ地分け肥えた畝へと

 無を帯びて雪、降り止まず

 名も知らぬ草の蕾よ

 春色に風染めん

 

 あれちわけこえたうね

 へとむをおびてゆきふ

 りやまずなもしらぬく

 さのつぼみよはるいろ

 にかぜそめん

 

★完成した時の満足感がいまもって続いている作品。

 

 

「けくろ」(三十三)

 

 けぐろだぬきは

 冬の山へ穴を掘って

 攻め落とされ

 胸も沈みそう

 遠慮がちに媚びる笑い

 

 けぐろだぬきはふゆの

 やまへあなをほってせ

 めおとされむねもしず

 みそうえんりょがちに

 こびるわらい

 

★「けぐろだぬき」…このような主人公も、作者の意図と仮名葉四十六枚の都合との折り合いがついたところに生まれます。

 

 

「おちふ」(三十四)

 

 おちぶなを

 とんび舞い来て鱗断つ

 群れもせず埆へ去り行く

 我が穂屋に春の饗見ぬ

 嫁白け

 

 おちぶなをとんびまい

 きてうろこたつむれも

 せずそねへさりゆくわ

 がほやにはるのあえみ

 ぬよめしらけ

 

★「埆(そね)」とは「荒れ地」のことだそうです。「そ」と「ね」が余って大きな辞書を引いたら出ていた単語です。パングラミングをしていると、このように仮名葉に言葉を教えられることがよくあります。辞書は大きいほど役に立ちます。

 

 

「かせな」(三十五)

 

 風邪治り

 本読み寝そびれ六時を回る

 雨は降らず

 友の家へ向けて行き

 子犬に餌やった

 

 かぜなおりほんよみね

 そびれろくじをまわる

 あめはふらずとものう

 ちへむけてゆきこいぬ

 にえさやった

 

★比較的平易な文でまとまりました。

 

 

「いちろ」(三十六)

 

 一路本土へ風靡くゆえ

 つばめの渡りも見られぬ

 浅ましき親烏を横にそむけ

 ふて寝する

 

 いちろほんどへかぜな

 びくゆえつばめのわた

 りもみられぬあさまし

 きおやうをよこにそむ

 けふてねする

 

★なんだか変てこな理屈です。

 

 

「あかね」(三十七)

 

 あかねさす

 紫紺の枝芽春分けつ

 叢雲並べよ湯散山

 飛び逸れぬ幌藺に伏せて

 君を負う

 

 あかねさすしこんのえ

 だめはるわけつむらく

 もなべよゆちりやまと

 びそれぬほろいにふせ

 てきみをおう

 

★「湯散山」は架空の山です。

 

 

「さあの」(三十八)

 

 「さあ退けれ!へらぶな釣りだ!」

 ゆめ弱く見せじと威張る野郎

 意気込んで沼に落ち

 終日臍を噬む

 

 さあのけれへらぶなつ

 りだゆめよわくみせじ

 とえばるやろういきご

 んでぬまにおちひねも

 すほぞをかむ

 

★笑い話ならぬ「笑いパングラム」。どこの方言だかわかりませんが、「退けれ」という地方色の強い言葉が出てきました。

 

 

「なをた」(三十九)

 

 汝を訪ね

 青芹蕾む山行けば

 揃わぬ世事触れで減る

 白梅の小さき笑みに寒も引く

 

 なをたずねあおせりつ

 ぼむやまゆけばそろわ

 ぬよごとふれでへるし

 らうめのちいさきえみ

 にかんもひく

 

★最後の五七五が俳句のつもりです。

 

 

「ゆやけ」(四十)

 

 湯屋けむり

 乙女も濡れて細い背に

 余る黒髪さらす夜は

 倭地偲び

 請うべき船を伝えなん

 

 ゆやけむりおと

 めもぬれてほそ

 いせにあまるく

 ろかみさらすよ → ゆめいろはうた(夢色葉歌)

 はわちしのびこ

 うべきふねをつ

 たえなん

 

★この歌には、「隠し言葉」という仕掛けが入っています。右のように一行を七字ずつに並べると、各行の一番上の字が本書のタイトルでもある「ゆめいろはうた(夢色葉歌)」となるのです。こういうことも、ちょっと腰を据えてやれば十分実現可能です。(大修館書店の月刊『言語』一九九四年八月号に掲載されたものです。)

※また、上から三文字目を左から読むと「なき地見に抜け」となりますが、これは偶然そう読めたものです。




第三章 古典 〜昔からの日本語パングラム〜

 

 旧仮名遣いの作例を古い順にいくつか紹介します。

 

1 平安時代

 

「阿女都千(あめつちのことば)」 作者不明

 

 天土星空山川峰谷

 雲霧室苔人犬上末

 硫黄猿生ふせよ榎の枝を馴れ居て

 

 あめつちほしそらやま

 かはみねたにくもきり

 むろこけひといぬうへ

 すゑゆわさるおふせよ

 えのえをなれゐて

 

★この「あめつちのことば」が一番古いものだと考えられています。この歌が作者のオリジナルかどうかはわかりませんが、「え」が重複しています。作られた当時は「え」に二通りの発音があったという説があります。大半が単語の羅列なので、即興的に、ごく簡単に作られたものだと思います。

 

 

「大為爾(たゐに)」 作者不明

 

 田居に出で菜摘む我をぞ君召すと

 求食り追ひ行く山城の

 打酔へる子ら藻干せよ舟繋けぬ

 

 たゐにいでなつむわれ

 をぞきみめすとあさり

 おひゆくやましろのう

 ちゑへるこらもほせよ

 えふねかけぬ

 

★こうして残っているものが原作どおりかどうかもわからない、古いパングラムです。

 

 

「以呂波(いろは歌)」 作者不明

 

 色は匂へど散りぬるを

 我が世誰ぞ常ならむ

 有為の奥山今日越えて

 浅き夢見じ酔ひもせず

 

 いろはにほへどちりぬ

 るをわがよたれぞつね

 ならむうゐのおくやま

 けふこえてあさきゆめ

 みじゑひもせず

 

★この「以呂波」は、左のように仮名を一行七字ずつに並べると各行のおわりの字が「と・か・な・く・て・し・す」となります。これは「咎(とが)無くて死す」という言葉だと言われており、作者がパングラムの中に隠したものだとすれば、「第二章作例集」の「ゆやけ」でご覧いただいた「隠し言葉」だということになります。

 

 いろはにほへと

 ちりぬるをわか

 よたれそつねな

 らむうゐのおく ↓とがなくてしす

 やまけふこえて  (咎無くて死す)

 あさきゆめみし

   ゑひもせす

 

 

2 江戸時代

 

「君臣(きみまくら)」 細井廣澤 作

 

 君臣親子妹背に兄弟群れぬ

 井穿り田植ゑて末茂る

 天地栄ゆ夜を詫びそ、舟の櫓縄

 

 きみまくらおやこいも

 せにえとむれぬゐはり

 たうゑてすゑしげるあ

 めつちさかゆよをわび

 そふねのろなは

 

 

「田植歌(たうゑうた)」 本居宣長 作

 

 雨降れば堰せきを越ゆる

 水分けて諸人康く

 下り立ち植ゑし其の群苗稲よ

 真穂に栄えぬ

 

 あめふればゐせきをこ

 ゆるみずわけてもろび

 とやすくおりたちうゑ

 しそのむらなへいねよ

 まほにさかえぬ

 

 

「諸種歌(もろたねうた)」 秦鼎 作

 

 諸種こら能く植ゑて栄えなむ

 家住居繁り遊びぬ

 春冬に千歳を積めや

 吾れの大君

 

 もろたねこらよくうゑ

 てさかえなむいへすま

 ゐしげりあそびぬはる

 ふゆにちとせをつめや

 われのおほぎみ

 

 

3 明治三十六年萬朝報(よろずちょうほう)『国音の歌(こくいんのうた)』入賞作品から

 

「いそへ」 佐賀県唐津市 戸川俊雄 作

 

 磯辺の汐干、見おろせば、

 こぎ寄りにけん、蜑小舟、

 得ぬる海幸、わかつ故、

 女等も群居て助くとや。

 

 いそべのしおひみおろ

 せばこぎよりにけんあ

 まこぶねえぬるうなさ

 ちわかつゆゑめらもむ

 れゐてたすくとや

 

 

「ゆきふ」 静岡県田方郡 鈴木多喜 作

 

 雪降る峰は、老松も、

 聳えし梢、打ち垂れぬ、

 我を宿らせよ、囲炉裏辺に、

 曙寒く、眺めてん。

 

 ゆきふるみねはおいま

 つもそびえしこずゑう

 ちたれぬわをやどらせ

 よゐろりべにあけぼの

 さむくながめてん

 

 

「とりな」 埼玉県児玉郡 坂本百次郎 作(一等入賞作品)

 

 鳥啼く声す、夢覚ませ、

 見よ明け渡る、東を、

 空色栄えて、沖つ辺に、

 帆船群れ居ぬ、靄の中。

 

 とりなくこゑすゆめさ

 ませみよあけわたるひ

 んがしをそらいろはえ

 ておきつべにほふねむ

 れゐぬもやのうち

 

 

★江戸時代まで主流だった四十七文字に「ん」を加えて四十八文字としたので、「七五七五七五七五」という今様歌(いまよううた)のリズムのとれた小気味良い作品が多く集まったようです。「とりな」は特に、評価の極めて高い作品です。




第四章 パングラミング 〜作り方の実際〜

 

 パングラムを作るには、専門知識も才能も必要ありません。ただ日本語ができればいいのです。

 それではさっそく、実際に作ってみましょう。

 

1 道具を揃える

 

【仮名葉】

 まず四十六枚のカードを用意します。そこに四十六の仮名を一字ずつ書きます。

 この四十六枚のカードを「仮名葉(かなは)」と呼んでいます。パングラムはこれを並べて言葉を組んでゆくのです。紙と鉛筆だけでのパングラミングはまず不可能だからです。(かりにできたとしてもひどく面倒なことになります。)

 仮名葉は、紙切れでもなんでもかまいません。本書の巻末に、付録として『特製仮名葉』を付けましたので、どうぞそれもご利用ください。

『特製仮名葉』は、PDFファイルです。カラープリンターで、厚手の紙にプリントし、点線をカッターなどできれいに切り取ってご使用ください。なお、カッターを使用しての切り取り作業は、どうぞお気をつけください。プリンターやカッターによるトラブルに関しては、自己責任でお願いいたします。(以上、PDFの配布も含め、2005年4月29日の追加項目です。)  仮名葉があれば、難しいと思われていたパングラムも「できそうだ」と思えてくるでしょう。

 

【携帯用仮名葉】

 旅行用のオセロゲーム(「シクロゲーム」という商標もあり)で、コマに磁石の入ったものがあります。車中で遊んでもコマが落ちなくて便利なものです。あれを仮名葉に使うことができます。コマの白い面に油性ペンで仮名を書き込んで使うのです。電車通勤をしている方や、カウチでリラックスしてやりたい方にはおすすめです。(コマが丸くて、上下がわかりにくいので「く」と「へ」を書くときには注意してください。)

 

【筆記具】

 仮名葉が組んだ言葉を書きとめておくのに、ノートとえんぴつを用意しておきます。

 まだ完成していなくても途中経過を書きとめておけば、またいつでも再開できます。そして完成したら忘れてしまわないようにノートにしっかりと書いておきます。

 

2 やさしいパングラミングの手順

 

 パングラミングの一番簡単な方法を試してみましょう。

 「単語の羅列部分」と「文の部分」との二部で構成すれば、とても簡単にパングラムが作れます。

 

【第一段階 ばらばらの単語】

 座布団などに広げた仮名葉を、眼につくままに拾って単語を組んでいきます。練習ですから、文脈もなにも考えないでやってしまいましょう。

 

 「やま」「みね」「かわ」「たに」「くも」「きり」「こけ」「そら」「ほし」「ひとつ」「さる」「むすめ」「なぜ」「あい」「ゆえ」「ちのはて」…

 

 第三章で見た「あめつちのことば」に似ていますが、ただそこにある仮名葉を拾って並べるだけで、このようにどんどん単語になっていきます。

 あと残っている仮名葉は、

 

 「う」「お」「ぬ」「ふ」「へ」「よ」「ろ」「れ」「を」「ん」

 

 以上の十枚です。これをまた並べていきますが、全部を名詞の単語にはせず、助詞(「てにをは」)にしたり動詞にしたりと、柔軟に行きましょう。

 

 「〜をおう」

 

 これは「追う」とも「負う」ともなります。

 

 「ふれぬ」

 

 これは「触れぬ」の意味になるようにどこかの単語と組み合わせれば使えるでしょう。

 

 残ったのは「へ」「よ」「ろ」「ん」の四枚です。

 

 「よろん」

 

 これは「与論島」の「与論」か「世論」という語にして使えます。一般名詞で語にならないときは、固有名詞(地名、人名など)も使うと便利です。

 

 「〜へ」

 

 これは場所や方向を表す単語のうしろにつけて使えます。

 一応全部「単語」になりましたので、それを確認しておきます。

 

 「やま」「みね」「かわ」「たに」「くも」「きり」「こけ」「そら」「ほし」「ひとつ」「さる」「むすめ」「なぜ」「あい」「ゆえ」「ちのはて」…「〜をおう」「ふれぬ」「よろん」「〜へ」

 

 仮名ばかりだとちょっとわかりにくいので、漢字にしてみます。

 

 「山」「峰」「川」「谷」「雲」「霧」「苔」「空」「星」「一つ」「去る」「娘」「なぜ」「愛」「ゆえ」「地の果て」「を追う」「触れぬ」「与論」「へ」

 

 このようには行かず、仮名葉がどうしても余ってしまったというときは、すでに組んであった単語を一つでも二つでもばらして組み直してください。

 

【第二段階 単語のつなぎ合わせ】

 

 「山、峰、川、谷、雲、霧、苔、空」

 

 ここまでを、ひとまず「単語の羅列部分」ということにしておきしましょう。

 「星」「一つ」をつなげて

 

 「星一つ」

 

 にしましょう。

 「娘」「去る」「を追う」というのを「娘が去って行くのを追う」という意味で、

 

 「娘去るを追う」

 

 とつなげましょう。

 「地の果て」を「与論島」のこととし、「地の果て与論」、「〜へ」をそこにつけて

 

 「地の果て与論へ」

 

 としましょう。

 「なぜ」を「娘去るを追う」のあたまにもってきて

 

 「なぜ娘去るを追う」

 

 としましょう。

 「愛」「ゆえ」「触れぬ」のところを

 

 「愛触れぬゆえ」

 

 としましょうか。

 できれば「愛に触れぬゆえ」と助詞「に」を入れたいところですがこれでもなんとか意味がわかるでしょう。

 どうしても「に」を入れたいときは、「谷」という単語を「た」と「に」という二枚の仮名葉にばらし、それを使います。そして残った「た」をまたどこか適当なところに入れることになります。

 仮名葉が余ったり足りなくなったりという「手詰まり」の状態になったときは、いつでも「単語をばらす」という打開策が必要になります。

 

【第三段階 文の並べ替え】

 つながったところをそのまま並べてみましょう。

 

 「山、峰、川、谷、雲、霧、苔、空、星一つ、

 地の果て与論へ

 なぜ娘去るを追う、

 愛触れぬゆえ」

 

 このままでもいいかもしれませんが、ちょっと文を並べ直して完成です。

 

 山、峰、川、谷、雲、霧、苔、空、星一つ、

 なぜ娘去るを追う

 愛触れぬゆえ、地の果て与論へ

 

 やまみねかわたにくも

 きりこけそらほしひと

 つなぜむすめさるをお

 うあいふれぬゆえちの

 はてよろんへ

 

 ちょっと苦しいですが、即興の練習にしては上出来と言っておきましょう。

 さあ今度は自分で試してみてください。この方法なら「なあんだ、もうできちゃった」というほど簡単だと思いますよ。

 

3 使いやすい仮名と使いにくい仮名

 

 私の経験ですと、「か」「て」「に」「は」「へ」「を」などの助詞になる仮名、また「い」「う」「く」「す」「た」「る」などの動詞や形容詞になる仮名は、比較的使いやすい部類に入ると思います。

 それに対して、エ段の「え」「け」「せ」「ね」「め」「れ」などの仮名は、比較的使いにくい部類に入ると思います。

 以上の例は、あくまでも私個人が「どうもそんな感じだ」と思うことですから、実際に皆さんが作られる時にはあてはまらないかもしれません。

 いずれにしても、使いやすい仮名と使いにくい仮名とが現実にあることは確かです。先に使いやすい仮名をたくさん使ってしまうと、後で使いにくい仮名ばかりがたくさん残って苦しくなりますから、ある程度の注意も必要でしょう。

 ア列の「あかさたなはまやらわ」は比較的使いやすいのですが、「か」などはその中でもナンバーワンだと言えるでしょう。仮名葉の残りが少なくて苦しくなった時まで、このような仮名葉を残しておくことができれば、難所を切り抜ける「切り札」のように働いてくれます。

 

4 単語の羅列のないパングラム

 

 「単語の羅列部分」と「文の部分」との「二部構成」の方法が一番簡単だということを「2 やさしいパングラミングの手順」で見てきました。それができたら今度は、全体が文章になっているものにも挑戦してみてください。

 この方がちょっと難しくなりますが、完成したときの喜びは「二部構成」のときよりもきっと大きなものになるでしょう。

 ここでは手順の要点だけをまとめてみましたので、参考にしてください。

 

(1)何か適当な文を考えて仮名葉を並べる。ただし、使いにくいと思われる仮名をできるだけ先に使うようにする。

 

(2)使いやすいと思われる仮名をできるだけ残しながら、他の仮名葉で別の文をいくつか作る。

 

(3)残った仮名葉で単語を組みながら、すでに組んだ文に合わせていく。

 

(4)一通り組み上がったら、文の順序を調整して、全体をまとめる。

 

 もちろん(1)から(4)までスムーズにいくことはあまりありません。(3)のところまで来て(1)で組んだ文をまたばらばらにするというようなことは日常茶飯事です。

 とにかく焦らず、毎晩一週間ぐらいかけるつもりでじっくりと楽しむ姿勢が大事です。意外と一時間ぐらいで完成することもありますし、何日もかかってしまうこともあります。

 なかなか完成せず、ちょっと疲れたと思ったら、そこまでをノートに記録しておいて、気分一新、また別のものに取りかかることをおすすめします。

 

5 「共同制作」という考え方

 

  「パングラムは、人と仮名葉の共同制作」

 

 と、覚えておきましょう。「どうしてもできない」というときは、先に組み上がっている言葉に対する執着心が原因になっています。人の執着が強すぎると、仮名葉が圧迫されてうまくいきません。

  「鏡よ鏡、鏡さん…」と、鏡にお伺いをたてるように、「仮名葉よ仮名葉、仮名葉さん、どんな言葉ができますか?」と、仮名葉に言葉を作らせてやるぐらいの気持ちでかかればきっとうまくいきます。




第五章 ルール

 

  「現代仮名遣いに則って、四十六の仮名全部を重複なく使う」

 

 パングラムのルールを一言で言えばそうなりますが、曖昧なところが出ないように、改めて確認してみましょう。

 

1 現代の日本語表記法、「現代仮名遣い」で作る

 

  「おわり(終わり)ましょう」

 

という書き方は、現代仮名遣いですが、これが「旧仮名遣い(歴史的仮名遣ひ)」では、

 

  「をはりませう」

 

となって、だいぶ様子が違います。

 現代人である私達には、旧仮名遣いはちょっと手に負えません。ですから、新聞、雑誌をはじめとして、誰もが普通に使っている現代仮名遣いで作ります。また部分的に旧仮名遣いを使うというようなこともしません。

 (もし旧仮名遣いで作るということであれば、部分的にでも現代仮名遣いは用いず、仮名の数も四十八にしてやることになります。どちらの仮名遣いをとるにせよ、統一を欠かないことが大事だと思います。)

 

2 四十六の仮名を全部、重複なく使う

 

 四十六の仮名とは、現在日本の小学校などで教えている「五十音」のことです。

 

  あいうえお

  かきくけこ

  さしすせそ

  たちつてと

  なにぬねの

  はひふへほ

  まみむめも

  や ゆ よ

  らりるれろ

  わ   を

    ん

 

 旧仮名遣いではワ行に「ゐ」と「ゑ」が加わりますが、現代仮名遣いでは使いません。また、ヤ行を「やいゆえよ」と唱えますが、この中の「い」「え」は、ア行の仮名と同じですから重複して使うことはできません。ワ行の「う」も同様です。

 また、カタカナを使うことは自由ですが、ひらがなと重複が出ないようにします。たとえば、「あ」を一回「ア」も一回と使えば重複です。ひらがなだけで書いたとき、全部で四十六字になるようにしなければなりません。

 

3 拗音・促音の小さい字も一回に数える

 

  「きゃ」「きゅ」「きょ」などの小さい「や」「ゆ」「よ」のつく音が「拗音(ようおん)」、「きっぷ」などの小さい「つ」が「促音そくおん)」ですが、これらも一度使えば「や」「ゆ」「よ」や「つ」を使ったことになります。

 

4 濁音・半濁音も別の仮名としない

 

  「がぎぐげご」などの「゛」のつく音が「濁音(だくおん)」、「ぱぴぷぺぽ」の「゜」のつく音が「半濁音(はんだくおん)」と呼ばれています。これらも、「かきくけこ」や「はひふへほ」などと重複しないように使います。

 

5 長音符は母音の仮名に数える

 

 カタカナ言葉に多い「ー」を「長音符(ちょうおんぷ)」、または「音引き(おんびき)」と言います。

  「珈琲」は、普通カタカナで「コーヒー」と書きますが、その発音は「コオヒイ」と書いた場合と同じになります。ですから、「コーヒー」という言葉を使ったら、「コオヒイ」としたのと同じで、「オ」と「イ」を使ったことになります。

 (注)これについては、短歌や俳句を考えてみてください。短歌は「五七五七七」の三十一音、俳句は「五七五」の十七音ですが、「コーヒー」という単語は四音に数えるのが普通です。これを「コヒ」というのと同じ二音に数えて短歌や俳句を作ると、とてもリズムの悪いものになってしまいます。ですからこれは四音、すなわち四つの仮名を使ったとするのが妥当だということになります。




第六章 いろは歌の迷信

 

 第一章ですでに述べたように、私自身パングラムを自分で始める前までは、「こういうことは特殊な能力を要するに違いないから、作ろうと思ってそう簡単にできるものではないだろう」と思っていました。

  「いろは歌は、弘法大師かそれと同等の神に近い天才の作品、普通の人間には決して真似のできない神業だ」

 という考えが、いつ誰に教えられたとも知れず、私の潜在意識にあったのです。しかもどうやらこうした考えは、一人私だけのものではなく、「いろは歌(以呂波)」を知る人一般に共通の意識のようでした。それがこの章で取り上げる「いろは歌の迷信」です。

  「いろは歌は神業」と信じられているその根拠は、二つの「嘘」からなると思われます。

 その一つめは、いろは歌は「誰にも超えられない完璧な作品」であるという「嘘」。二つめは、いろは歌に折り込まれている「隠し言葉」という仕掛けは並の人間の知恵では実現不可能だという「嘘」です。

 これらの「嘘」によって一般の人々は、「いろは歌は天から与えられたもの」という意識を植え付けられ、同じルールで新たな歌を作るというような「大それたこと」は滅多に考えないということになってしまったと考えられます。

 いろは歌が仮名排列の唯一のスタンダードとして実用性を兼ねていたことにも原因の一端があるのかもしれませんが、その重要な役割を負い続け不動の地位を保つためには、「神話」を語り継いで行く必要もあったはずです。そこに「誰の悪意でもない迷信」が存続してきたのだと思われます。そうしたことによって、パングラムは文芸の一ジャンルという「市民権」を与えられずにきたのでしょう。

 しかし今ここで、実地にパングラミングの経験を積んできた者の立場からはっきりと申し上げれば、これらが「嘘」であることは明白です。

 

1 完璧な作品は誰にでも作れる

 

 まず一つめの「誰にも超えられない完璧な作品」ですが、これはそもそも、いろは歌が「完璧な作品」であるか否かを問うのではなく、文法、文脈、芸術性という「三つの要素」を十二分に満たす作品が創出可能か否かを問うべきでしょう。そしてそうした優れた作品は、すでにいくつも作り出されています。

 萬朝報『國音の歌』の入選作品、あるいは戦後の週間朝日、週間読売が募った『新いろは歌』での入選作品のうち、多くの作品がこの「三つの要素」をすべて高いレベルで満たしています。どの作品もみな、神でもなければ天才でもない、普通の日本語使用者(つまり伝説的な偉人などではない人々)によって作られたものです。さらにパングラムの創作活動が今後盛んに行われれば、優れた作品はまだいくらでも出てくるでしょう。

 またそれ以前に、「パングラムに解答はない」という事実も忘れることはできません。パングラムの「パズル性」ばかりをクローズアップすると、さも「模範解答」があるかのように錯覚してしまいがちで、いろは歌こそがそれだと思われがちですが、四十六しかない仮名でもその組み合わせ方はほとんど無限に近いと言ってよいほどの数になりますし、月日の経つにしたがって新しい言葉も生まれます。

 

2 隠し言葉は誰にでも実現可能

 

 パングラムというもの自体が完成困難なものと信じられていれば、さらに別の言葉を隠すなんて到底人間業ではないという話になります。しかし本書をここまで読まれれば、それが人間業で十分可能であったことを、すでにご確認いただけたと思います。

  「咎無くて死す」程度の隠し言葉は、多少の根気は要するものの、やればできるものなのです。本書でご紹介した「ゆやけ」ばかりではなく、『パーフェクト・パングラム・デスク』の二人の常連投稿者も、この「隠し言葉」に成功しております。

 また、いろは歌には「咎無くて死す」の他にも、「いちよらやあゑ」(七字改行で一番上の字を右から読む)と、「いゑす」(七字改行で「と」を除くコーナーの三文字)という言葉が隠されているから伝来したばかりのキリスト教に作者が密かに傾倒する心を折り込んだのだというような「物語」もあります。いろは歌は三つの隠し言葉を入れてある、だから人智を超えているという結論になるのだそうです。でもそれはどうでしょうか。いろは歌は『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』という仏教典の一節を大和言葉で歌ったものと解釈されていたはずです※。「仏教」のはずなのに「キリスト教」が隠してあるというこのひどい矛盾を解釈するには、さらに憶測の上塗りをしなければならなくなります。しかしそうした憶測によって真実に近付くことができるとは到底考えられません。(※平安時代末期、覚鑁〈かくばん〉著『密厳諸秘釈』による。もっともあらゆる憶測を抜きにしては涅槃経云々の正当性すら危うくなります。)

 いろは歌の真実を知るために現代の私たちが取るべき方法は、決して憶測などではないはずです。いろは歌の作者が苦労した以上に、実地にパングラミングの経験を積むこと、それこそが唯一の選択肢なのではないでしょうか。経験を積んでいけば、音楽の感性を養うのと同じように、パングラムの感性を養うことができるのです。それこそが、パングラムという独特の文芸世界を憶測抜きで理解する方法だと思います。

 隠し言葉は、初めから意図してそれを折り込むことが誰にでも十分に可能であるのと同時に、偶然ということも起こり得ます。いろは歌一首に隠し言葉が三つあったとして、そのうちのどれが意図していたものでどれが偶然か、もはやそれを知るすべはありません。しかし、それがどんなに実現困難なしかけであっても、私たち人類の根気と信念に不可能なことであろうはずがありません。こんなパングラム程度のことでなく、もっとはるかに困難な技術や芸術を私たちはいくらでも実現させてきたのですから。

 

 いろは歌は他の幾多のパングラムの中の一つにすぎません。そこに人間技で実現不可能なしかけなどないのです。あるのはただ、パングラムに特有の「妙」や「含み」だけです。

 作り手と仮名葉の共同制作によって生まれるパングラムは、人が普通に考えたり口にしたりといった「自然な言葉」ではないために、作り手自身の意図とは関係ないところで「妙」や「含み」を生じることが少なくないのです。書かれたものが一人歩きをするのはどんな文芸にも共通のことですが、パングラムの場合は初めから人の意思が占める割合が百パーセントではないので、仮名葉四十六枚の都合によって、表現される世界が人の手を離れていくらでも膨らみもしますし、また破綻してしまうこともあります。それこそが、他の文芸とは異なるパングラム独特の世界なのです。そういう意味では、すべてのパングラムが等しく人間技を超えていると言うこともできるでしょう。

 

  「いろは歌には特別な思い入れがある」、「いろは歌は無限に想像力をかき立ててくれる」そう思ってきた人の少なくないことは承知しています。(かつては私自身もそうでした。)しかし無益な憶測の世界に閉じこもっている段階から一歩あゆみ出て、その夢と想像の力を、できればその人自身の手によるパングラムに向けてみていただきたい―、パングラムの楽しさと奥深さを知ることができた者の一人として、私はそう願わずにはいられません。




あとがき

 

 味噌や黴、屁も混ぜ

 法螺の種集めると

 末は寒気

 腑に落ちぬ

 四十六を語で割り切れない (筆者自作)

 

 みそやかびへもまぜほ

 らのたねあつめるとす

 えはさむけふにおちぬ

 よんじゅうろくをごで

 わりきれない

 

 パングラミングを続けていると、時にはこの作品で歌っているようなスランプに陥ることもあります。もちろん遅かれ早かれ脱出はできるのですが、長引いたときにはストレスを感じます。そんなときには都々逸でもひねってみましょうか。

 

 ちち、はは、じじ、ばば、こころもなくて、トマトにれんこん桃もなし

 

 これを何度か唱えると、スランプのストレスから解放されて気分一新、また傑作ができるのです。いや、できないかもしれない、とは思わずに、きっとできる、こないだもできた、またできる、すぐできる…と、信じることが力になります。




参考図書一覧

 

『萬朝報』一九〇三年二月十二日付、同年二月十三日付、同年二月十八日付、同年七月十五日付(日本図書刊行協会による復刻版あり)

 

『いろはうた―日本語史へのいざない』小松英雄(中公新書558)

 

『言葉遊び悦覽記―いろは歌今昔』塚本邦雄(大修館書店『言語』一九七八年十二月号)

 

『ことば遊びコレクション』織田正吉(講談社現代新書808)

 

『日本語入門―The Primer of Japanese』興津諦(富士国際日本語学院)


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